荻野屋 東京とは

荻野屋 東京とは

荻野屋の歴史・伝統を大事にしながら、新たな伝統を創るべく銀座の地にて再出発しました。

荻野屋の歴史は、挑戦と変化の歴史です。135年以上にわたり、何度となく存続の危機を乗り越えて、今では現存する「日本最古の駅弁屋」となりました。また荻野屋の看板商品である「峠の釜めし」は、過去において日本文化の一つである駅弁の歴史の一遍を創ってきましたが、これらは常に挑戦する姿勢無くしては生まれませんでした。

銀座は、過去の歴史の中にあって常に破壊と創造を繰り返されてきた街ですが、今では世界でも有数の大都市東京の中心地となりました。

荻野屋東京は、そんな銀座の地にて新しい伝統を創るべく、新しい挑戦の場として荻野屋は再出発したものです。

培ってきた伝統のエッセンスを新しい形に変えて、大都市東京にて新たな挑戦し続けていきます。


荻野屋の歴史

「峠の釜めし」とは

全てはホームでのお声かけから始まりました。

「何かご要望はありませんか。」今から約55年前、おぎのや会長である故・高見澤みねじは、
自らホームに立ち、旅行者ひとりひとりの駅弁へのご意見・想いを聞いて回りました。そこで、彼女はひとつの答えにたどりついたのです。
「あたたかくて、家庭的な楽しいお弁当が求められている」と。
お客様と向き合うその真摯な姿勢が、新たな駅弁開発のきっかけとなり、
1958年、益子焼の土釜に入った駅弁、「峠の釜めし」が誕生したのです。

駅を離れ、さらに広い世界へ。

より多くのお客様の、「おいしい」を聞きたくて。

1950年代、あたたかいまま食べられる「峠の釜めし」は、常識をくつがえす画期的な駅弁でした。
その後、雑誌「文藝春秋」に掲載され、爆発的に売れるようになりました。
さらに1962年、自動車旅行の増加にあわせて「峠の釜めし・ドライブイン(現荻野屋横川店)」を開設。
今でも各店にバスが到着・出発する際、深々とお辞儀をする目迎・目送が行われ、店内で旅の疲れを癒すやすらぎと味わい深い思い出を提供しています。


荻野屋東京の取組み・店舗

日常の中の非日常へ

GINZA SIX店

銀座という日常の中の非日常という空間に荻野屋の都内初の常設店があります。GINZA SIXだけでしか買えないお弁当など荻野屋の新しいお弁当が揃っています。

荻野屋 八幡山

甲州街道から赤堤通りに入ってすぐの京王線八幡山駅の裏手に荻野屋八幡山はあります。都内の店舗のお弁当は基本的にはこちらで作られています 。

荻野屋 弦

有楽町国際フォーラム口横、鉄道のアーチの下に弦はあります。荻野屋の新しい試みとしての店舗であり、情報発信の場。群馬・長野の地酒とともに、荻野屋の一品料理も召し上がれます。